今回は、十二国記『華胥の幽夢』に収録され本のタイトルにもなっている『華胥』をご紹介します。
『華胥』のあらすじ
二十八歳の才気溢れる若き新王が玉座について二十余年。国のあるべき姿を夢で見せるという、宝玉でできた桃の枝「華胥華朶(かしょかだ)」を持つ才州国の王朝は、末期的な状況にありました。
十二国記では、王が天の意向に背くような施政を行うと、王を選んだ麒麟が病に倒れます。これを「失道」といい、麒麟の健康状態が王の施政の良し悪しを示すバロメーターのようなものとなっています。才の麒麟である采麟は永きにわたって病床にあり、公の場に出ることが出来ない状態となっています。
本作は、この朝に大司徒という役職で参画している朱夏という人物を中心に描き、彼女が病床に臥せる采麟の寝室を見舞うところから物語が展開していきます。
そもそも、この状況をもたらす原因となった王、砥尚(ししょう)は近郊にその人ありといわれる傑物でした。放埒を尽くした前王の施政を批判する市井の集団「高斗(こうと)」を組織して悪政と闘い、前王が斃れたのちには王不在の国の荒廃を防ぐために活動し、麒麟が王を選ぶ事ができる状態になったことを示す黄色い旗があがると、麒麟に会いに行くための旅(昇山)をして采麟に選ばれた人物です。
誰もが一目置いていた砥尚の新しい朝が二十余年で沈む…その理由が登場人物達の会話や心情描写から、そして華胥華朶の本当の効能に思いを巡らせる中から少しずつ明らかになっていきます。
本日の金言
物語の終盤、遂に砥尚は王の位から降りる決断をします。その時の遺言が今日の金言です。
「責難は成事にあらず」
少し漢文チックな表現なので現代風に要約すると「物事や人を責めることは、何か事を成したことにはならない」ということです。
目下のところ参議院選挙期間中で、候補者や政党が他者(特に総理や与党)を責める映像が報道やSNSで繰り返し表示されています。物語に登場する砥尚の叔母、慎思(しんし)はこう言います。
「そちらじゃない、こちらだと言ってあげて初めて、正すことになるのじゃない?」
「私は砥尚のやっていることが間違いだと知っているわけではありません。ただ、自分が違和感を覚えるだけなの。違和感がある以上、手を貸すことはできないけれども、こちらのほうが正しいのだと言ってあげることもできないのだから、砥尚を非難する資格などありませんし、そんなことをする気もありません。」
そしてさらにこう続きます。
「正道は自明のことに見えた。なぜなら、扶王(砥尚の前の王)が道を失っていたから、扶王の行いは即ち悪だと明らかだったからだ。(中略)扶王が行ったことなら、行わなければ良いのだ。ーそう短絡すれば確かに正道を見出すことは容易い。」
誤っていると明らかに分かるものを責めることは簡単です。しかし、その者に取って代わって自らが何かを成さなければならなくなった時、果たして全く誤ることなく事を成すことができるでしょうか?また、コメンテーターのように他者がしたことについて批評するだけになっていないでしょうか?こうすべきだと代案を示し、そちらに進むための動きを具体的に起こすことができているでしょうか?
自らの日頃の言動を思い返しながら読むと戒めとなる気づきが得られる、そんな一冊です。
あなたも「華胥華朶」を手にしているかもしれない
本の紹介はここまでですが、この記事を書くにあたり何度も「華胥」を読み返す中で気づいた新たな視点についても触れておきたいと思います。
現代は誰もが簡単にSNS等を通じて情報や意見を発信することができるようになりました。便利になっている一方、使い方を間違えると誤った情報や偏った意見に知らず知らずのうちに影響を受けるようになってしまいます。
わかりやすい例がポータルサイトです。あなたの過去の閲覧履歴をもとに、あなたの興味関心を引くであろうと判断した記事が掲載されています。これを盲目的に信じてしまうと「みんな私と同じように感じている」とか「みんな私と同じ反応をしている」と勘違いする。そしてあなたの行動が更に過激になると、それに応えるように表示内容も過激になっていって…。
まとめ
物語にでてきた華胥華朶は、「国のあるべき姿を見せる」ものではなく「自分が本当に望んでいるものを見せる」ものだと言うことが判明します。華胥華朶が見せる国が自らの理想とする国の形と寸分たがわぬこと(華胥華朶はその人が望んでいる世界を見せるものだから、そうなるのは当然)を知り、自らの施政に誤りがないと盲目的に信じた砥尚は「自分の判断が間違っているのではないか?」と考え直すことができなくなり、破滅への道を進むことになりました。
あなたが今手にしているスマートフォンも、もしかしたら「あるべき姿」を見せているのではなく「あなたが見たいと思う姿」を映しているだけかもしれません。情報の波に呑まれて「あるべき姿」を見失わないように気をつけないといけないですね。