沈思黙考

日常の疑問から巡る思い

政治の責任で行うべき災害への備えとは何か

3月11日で東日本大震災から13年となります。被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。

 

日本は世界最大の地震国として、東日本大震災以降も2016年には熊本地震、2018年には北海道胆振東部地震、そして記憶に新しい2024年元日に発生した能登半島地震と数多くの地震に見舞われています。

被害にあわれた方の1日も早い生活再建は最優先に取り組まなければならない課題です。一方で被災した地域の復興については、限られた予算の中どこまで復興・再建するのか冷静な議論と判断が必要ではないでしょうか。

東日本大震災の被害を受けた東北8市町で、復興工事の完了が見通せないという記事が掲載されました。記事はこちら↓

news.yahoo.co.jp

 

未曽有の震災後に、土地全体のかさ上げや海が見えない高さにまで防波堤・防潮堤を整備するには莫大な予算がかかります。そこまでして整備しても、復興前のように人が戻ってくるわけではないというのが実際のところです。新たな産業が勃興するわけではないので、新たに移住する人が急増するとは考えにくく、もともとその土地に住んでいた人も復興工事が完了しないから戻らないのではなく、13年の時が流れる間に移り住んだ土地で生活の基盤を築き、もと居た場所に戻れない(戻る必要がない)状況になったという人も一定数いるのではないかと思われます。

多額の予算を投入しても人が戻らないのであれば、投資効果は限定的です。心情的には故郷が災害によって見る影もなくなってしまうこと、そしてその土地に帰ることができなくなることの喪失感は計り知れないものがあると思います(個人的にも、私の祖父母の家があった地域は典型的な限界集落で、もうすぐなくなってしまうだろうなと思って一抹の寂しさを感じており、一瞬にして故郷が奪われるという震災被害にあわれた方との次元は全く違いますが、ほんの少しだけ故郷がなくなることの実感を持っているつもりです)。ただ、限りある貴重な予算を限定的な効果しかあげられない事業(被災者にフォーカスした予算ではなく、例えば土地の復興関連の土木予算など)に計上し続けて良いのでしょうか?

 

今後発生するであろう震災等に備えて、平常時のうちに、災害が発生した時にその土地をどこまで復興するか判定しておく基準のようなものを整備する必要があるのではないでしょうか。例えば内閣府が実施している県民経済計算を発展させるような形で、都道府県・市町村単位でその土地が生み出す価値を算出し、全体の上位3割に該当する地域はかさ上げや防波堤整備といった大規模なハード面も含めた土地の復興を行い、同規模の災害が再度発生しても耐えられるレベルまで復興する。中位6割は、道路などの生活インフラ整備は行うものの、大規模なハード投資までは行わない。下位3割はその土地を離れて新たに生活拠点を整備する人々への支援に軸足を置き、土地の復興優先度は下げるといった考え方です。

これを実現しようとすると、下位にスコアリングされそうな地域からは「生まれ育った土地を見捨てるのか」「地方切り捨てだ」といった批判が出ることは容易に想像できるので、なかなか勇気のいることだとは思いますが、少子高齢化で国力が衰退していくことは確実な日本の現実を見つめ、数々の震災経験を経て、身の丈に合った復興ができるように、災害が発生する前に事前に備えておく。これも立派な災害への備えだし、政治の責任でやるべきことではないかと思います。